小野瀬歯科医院|茨城県龍ヶ崎市にあるセラミック、インプラント、審美歯科、土曜・日曜診療をしています。

医療法人社団 弘快会 小野瀬歯科医院

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理事長からのメッセージ

1987年 東京歯科大学 卒業

東京歯科大学卒業後、千代田区の帝国ホテルインペリアルタワー内名執歯科・新有楽町ビル歯科に入職。

その後、小野瀬歯科医院を引き継ぎ、現在にいたります。 また、毎月医療情報を提供する歯科新聞を発行しています。

歯は大切な体の一部です。

例えば、体の骨や皮膚は一度傷ついても再生しますが、歯の骨は一度むし歯や破折で損傷してまうと自己再生できない特殊な部位です。

上手く咬めないだけで、消化器官に負担がかかったり、また、むし歯や歯周病が進行し、病原菌が血液を通して体に流れ心疾患や流産なども引き起こす可能性があります。 歯の健康は全身の健康へとつながります。

私たちは患者様と意思疎通を図り、可能な限り健康な歯を残し、機能的、審美的に回復するお手伝いをさせていただくことが祖父の代から100年以上続く私達の使命です。

“いくつになっても綺麗で健康な歯でいて欲しいから”

というコンセプトのもと、治療する前に患者様に理解・納得していただけるようにしっかりとご相談と説明をいたします。

これからもずっと患者の皆様の笑顔と歯からつくりだす好循環の健康のため、そして、患者の皆様の満足・ありがとうの為に、歯科医師としてより多くの信用・信頼・感謝をいただけるようにスタッフ一同、全力で努力と勉強をしてまいります。

認定・終了書

小野瀬歯科医院歴史

1918年 当院の創業当時

 

当院の創業当時は、現在のような歯科医療は確立しておらず、病院と言うよりは診療所のような形で私の祖父が小野瀬歯科医院を開業致しました。

当時、東京歯科大学の創立者の一人で明治後期から昭和初期にかけて日本の近代歯科医療制度の確立に尽力した血脇守之助先生(※)ともご学友で親交もあり近しい間柄でした。

 

日進月歩を続ける医療技術ですが、新しい物・技術を取り入れることが最善の医療ではなく、歯科医療の重要性を途絶えることなく継続するための技術・知識を引き継ぐことで、小野瀬歯科医院の100年という永い歴史を築くことが出来ました。

今後も患者様に安心・信頼して頂ける歯科医院として、新たな100年を築くことを目標に歯科医療の提供をしてまいります。

※血脇 守之助(ちわき もりのすけ)

1870年3月2日(明治3年2月1日)~1947年(昭和22年2月24日)

新聞記者、英語教師を務めたのち、高山歯科医学院で学ぶ。

明治33年同学院を継承し、東京歯科医学院と改称する。

明治40年に東京歯科医専(現在の東京歯科大学)とし校長となる。

歯科医師法の制定につくし、日本歯科医師会の初代会長。

高山歯科医学院の学生だった野口英世の後援者として知られる。

創業者 小野瀬 快彰




お気軽にお問合せください

ご予約・ご相談 0297-62-0130

平日・日曜:
9:00~13:00/15:30~18:00
土曜:
9:00~12:00/14:00~17:30
休診日:
木曜・祝祭日
〒301-0012 茨城県龍ヶ崎市上町4248-1 
TEL: 0297-62-0130/FAX: 0297-64-8448

おかげさまで当院は、祖父の代よりこの地で100年間、多くの方に支えて頂き今日までまいりました。歯科従事者として、常に患者様の歯と健康を考えて診療しております。『歯を抜いてください』といわれた場合でも、それがご本人の歯や健康に悪影響を及ぼすのであれば抜きません。そして、治療する前に理解し納得して頂けるようにしっかり相談と説明をいたします。歯は大事な体の一部です。“いくつになっても、きれいで健康な歯でいて欲しいから”それが、私どもの使命です。